ガチンコ・トーククラブ

人生には適度な労働が必要だと思った

今日まで3連休だったわけですがブログ記事の執筆は全く捗りませんでした。

この3日で5つは記事書くぞ!とか意気込んでたのに全然書けてないんですね。

気づいたら今日で休みが終わりそうなんですが、どうしてこんなことになってしまったのか考えてみました。

休みで時間があるほど作業が捗らないという事実

「時間があればあるほど作業が捗らない」

まずこれは私の過去をさかのぼって考えても傾向としてある事実です。

普段は仕事から帰って疲弊しながら記事を書き上げるのに、休みだと時間が過ぎゆくばかりで書こうとしても筆がノリませんでした。

この事実から3つの要因を推測してみました。

苦しみは頑張りの源泉

普段仕事をしていて良いこともありますが苦しいこともあります。

苦しいことがあれば「頑張ってこの現状から這い上がらなきゃ」という気持ちも生まれます。しかし苦しみがなかったらどうでしょうか?その現状を変えようという気持ちは薄れてしまいます。

「労働=苦しみ」というわけではないですが、人によっては耐え難い苦痛にもなるわけですから、少なからず苦しみを感じる労働は必要だと思いました。

刺激は創造の源泉


「脳が活発に活動しているとき・していないとき」はなんとなく自覚できる瞬間がないでしょうか?

休みにボケーッとしていると脳が活動してないと自分でも分かります。

やはり外に出てある程度刺激を受けることで新しいモノゴトを知覚して記事につながる部分はあるでしょう。

筋トレと一緒です、筋トレも筋肉に刺激を与えることで身につき力となるのです。

時間の不足は頑張りの源泉


アレもやりたい!コレもやりたい!けど時間がない!だからこそ時間を切り詰めて工夫するなどしてなんとかしようと頑張るのではないでしょうか。

逆に時間が溢れていたら…まぁ明日やればいいかで今日が過ぎ去ってしまいがちです。

時間がないからこそ頑張れる…難解というかへそ曲がりとすら感じますが、時間は足りないくらいがちょうどよいのかもしれません。



時間と比例して頑張れる環境づくり

じゃあ一度は減らした仕事だけど今後は仕事をもう少し増やそうか…というわけにもいかないんですね。

時間は有限ですからブログを書く時間を減らすこと自体がもったいないわけです。

やはり何とかして自由な時間とライティングに当てる時間を比例させなければなりません。

そこで自分と向き合っていくつか方法を考えてみました。

カフェ・ファミレス等で記事を書く


カフェなんかで勉強する必要はない!自宅で勉強すべし!といった論争はよくあります。

しかし私は必ずしもそうだとは思いません。どこで勉強するかなんてのは手段であって目的ではないのですから、それが目的への近道であれば実行すべき手段だと思います。

家にいれば誘惑も多いですからカフェはそういう意味で良い居場所だと思います。

部屋の整理整頓

今の自分の部屋を見回すとこれが結構大切だったんだなと思います。

基本私はゴミはためない・ためたくない方なんですが、最近引っ越しをしました。

引っ越し前は一週間のうちいつどの種類のゴミを捨てても良いマンションだったのですが、引越し後は決められた曜日に決められた種類のゴミしか捨ててはいけません。そうするとどうしても数日は家の中にゴミがある状態になってしまいます。

しかし不思議と部屋の中が散らかってると、集中して作業ができずだらけてしまうのです。

なぜかは分かりません。部屋の乱れは心の乱れということでしょうか、家で作業をするなら部屋の整理整頓からしなければいけないなと思いました。

ブログは自分との戦い!

この3日間でブログを書くことは自分との戦いだと再認識しました。まず今日は部屋の整理整頓をし、ラーメンを食べに行きます!(?)

ここ数日を後悔していないかと言えばウソになりますが、後悔する暇があったら懲りずに前を向かなきゃいけませんね。

最近一緒にブログを頑張る仲間が欲しいなとも思うんですが…なんとなく「一緒に頑張ろーね」という感じでもないし「俺らブロガー軍団だぜ!」って感じでもないんですよね。

気の合うブロガー仲間は欲しいとは思うんですが…気が向いたらそういうのも募ってみようと思ってます(けど本質は己との戦い!)

頑張るフミ助に応援物資お待ちしております!

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